阪野ブログ
2013年12月22日 日曜日
お言葉⑩ 〔千種区本山 マッサージ 腰痛 むくみ〕
前回の続きです。
さてこの言葉ですが、実は儒家の租である孔子が
聖人である漁師から教えを受ける場面で出てくるのです。
通常、孔子といえば中国では聖人と崇め奉られているのですが
「荘子」という書の中では度々窘められることがあります。
しかもその相手が今回のような漁師だったり盗賊だったり
ときには罪を犯して罰せられた者までいます。
これは後代になって道家の一部が儒家に敵愾心を持ち編纂され
事実ではないと言われていますがここでは問題にしません。
それよりも面白いのが既にひとかどの人物であった孔子でさえ
八つの欠点や四つの患いを持つものに対しては気をつけなければ
ならないと漁師が諭している点です。
それはその欠点や患いを持つものに孔子自信も含まれるのか
あるいはそのような人に近づけば孔子もその影響を受けてしまうので
近づかないようにアドバイスしているかは分かりません。
いずれにしろ孔子がまだ人を教え導くようなレベルには
達していないと嗜めているのです。
逆に考えれば「八疵」や「四患」はそれほどまでに
根の深いものなのです。
現代に生きる私たちもまさにこの「八疵」や「四患」が
身近にあります。
自分が他人の影響を受ける事もあれば
自覚が無いため他の人に迷惑をかけていることも
あるでしょう。
例え聖人君子になれなくても、このような欠点を他の人や
自分が持っていると常に自覚し、謙虚さを失わなければ
人から被る災いを少しでも遠ざけることが
できるかもしれないですね。
皆さんはどう思いますか?
以上スタッフ阪野でした!!
さてこの言葉ですが、実は儒家の租である孔子が
聖人である漁師から教えを受ける場面で出てくるのです。
通常、孔子といえば中国では聖人と崇め奉られているのですが
「荘子」という書の中では度々窘められることがあります。
しかもその相手が今回のような漁師だったり盗賊だったり
ときには罪を犯して罰せられた者までいます。
これは後代になって道家の一部が儒家に敵愾心を持ち編纂され
事実ではないと言われていますがここでは問題にしません。
それよりも面白いのが既にひとかどの人物であった孔子でさえ
八つの欠点や四つの患いを持つものに対しては気をつけなければ
ならないと漁師が諭している点です。
それはその欠点や患いを持つものに孔子自信も含まれるのか
あるいはそのような人に近づけば孔子もその影響を受けてしまうので
近づかないようにアドバイスしているかは分かりません。
いずれにしろ孔子がまだ人を教え導くようなレベルには
達していないと嗜めているのです。
逆に考えれば「八疵」や「四患」はそれほどまでに
根の深いものなのです。
現代に生きる私たちもまさにこの「八疵」や「四患」が
身近にあります。
自分が他人の影響を受ける事もあれば
自覚が無いため他の人に迷惑をかけていることも
あるでしょう。
例え聖人君子になれなくても、このような欠点を他の人や
自分が持っていると常に自覚し、謙虚さを失わなければ
人から被る災いを少しでも遠ざけることが
できるかもしれないですね。
皆さんはどう思いますか?
以上スタッフ阪野でした!!
投稿者 隠れ家癒し空間ぬくもり | 記事URL
2013年12月13日 金曜日
お言葉⑨ 〔千種区本山 マッサージ 腰痛 むくみ〕
前回のつづきです。
さて今回は「四患」についてです。
(一) 「好みて大事を経(けい)し、変更して常(じょう)を易(か)えて
もって功名を挂(か)けんとす、これを叨(とう)という」:
大きな事をしたがり、通常のことをせず、功名を求めること。
(二) 「知を専(もっぱ)らにし事を擅(ほしいまま)にし、
人を侵(おか)して自ら用うる、これを貪(とん)という」:
自分の知識が正しいことを疑わず、自分の意見を押し通して
押しのけ、でしゃばること。
(三) 「過ちを見て更(あらた)めず、諌(いさめ)を聞きていよいよ
甚(はなはだ)し、これを狠(こん)という」:
自分の過ちが判っていても改めず、人が注意すると
ますます頑固になること。
(四) 「人、己れに同じければ可とし、己れに同じからざれば
善といえども善とせざる、これを矜(きょう)という」:
自分と同じ意見を良いと思い、自分と意見が違うのならば
善い意見も悪いと思うこと。
この「四患」の「患」とはそのまま「わずらい」でよいと思います。
つまり「人に八疵あり、事に四患あり」とは
人には八つの欠点と四つのわずらい(病)がある、と解釈できます。
もう少し続きます。
以上スタッ阪野でした!!
さて今回は「四患」についてです。
(一) 「好みて大事を経(けい)し、変更して常(じょう)を易(か)えて
もって功名を挂(か)けんとす、これを叨(とう)という」:
大きな事をしたがり、通常のことをせず、功名を求めること。
(二) 「知を専(もっぱ)らにし事を擅(ほしいまま)にし、
人を侵(おか)して自ら用うる、これを貪(とん)という」:
自分の知識が正しいことを疑わず、自分の意見を押し通して
押しのけ、でしゃばること。
(三) 「過ちを見て更(あらた)めず、諌(いさめ)を聞きていよいよ
甚(はなはだ)し、これを狠(こん)という」:
自分の過ちが判っていても改めず、人が注意すると
ますます頑固になること。
(四) 「人、己れに同じければ可とし、己れに同じからざれば
善といえども善とせざる、これを矜(きょう)という」:
自分と同じ意見を良いと思い、自分と意見が違うのならば
善い意見も悪いと思うこと。
この「四患」の「患」とはそのまま「わずらい」でよいと思います。
つまり「人に八疵あり、事に四患あり」とは
人には八つの欠点と四つのわずらい(病)がある、と解釈できます。
もう少し続きます。
以上スタッ阪野でした!!
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2013年12月 6日 金曜日
お言葉⑧ 〔千種区本山 マッサージ 腰痛 むくみ〕
では前回の続きです。
(五) 「好みて人を悪をいう、これを讒(ざん)という」:
好んで人の悪口をいうこと。
(六) 「交わりを析(さ)き親(しん)を離(わか)つ、
これを賊(ぞく)という」:
人との交わりを止め、人から離れること。
(七) 「称誉詐偽(しょうよさぎ)して、もって人を敗悪す、
これを慝(とく)という」:
自分の機嫌を取るものを誉め、自分の嫌いなものを
遠ざけること
(八) 「善否を択ばず両(ふた)つながら容れ、頰適(きょうてき)して
その欲する所を偸抜(とうばつ)す、これを険(けん)という」:
善悪をわきまえず、両方調子よくふるまうこと。
ちなみにこの「八疵」の疵は傷という意味であり、人の欠点を意味して
います。
つまり人には八つの欠点があるといっているのです。
さて次回は四患について説明いたします。
以上スタッフ阪野でした!!
(五) 「好みて人を悪をいう、これを讒(ざん)という」:
好んで人の悪口をいうこと。
(六) 「交わりを析(さ)き親(しん)を離(わか)つ、
これを賊(ぞく)という」:
人との交わりを止め、人から離れること。
(七) 「称誉詐偽(しょうよさぎ)して、もって人を敗悪す、
これを慝(とく)という」:
自分の機嫌を取るものを誉め、自分の嫌いなものを
遠ざけること
(八) 「善否を択ばず両(ふた)つながら容れ、頰適(きょうてき)して
その欲する所を偸抜(とうばつ)す、これを険(けん)という」:
善悪をわきまえず、両方調子よくふるまうこと。
ちなみにこの「八疵」の疵は傷という意味であり、人の欠点を意味して
います。
つまり人には八つの欠点があるといっているのです。
さて次回は四患について説明いたします。
以上スタッフ阪野でした!!
投稿者 隠れ家癒し空間ぬくもり | 記事URL
2013年11月29日 金曜日
お言葉⑦ 〔千種区本山 マッサージ 腰痛 むくみ〕
今年もあと一ヶ月余りとなりましたね。
ついこの間まで暑かったと思ったら
もうすっかりと冬ですね。
さて今回のお言葉シリーズですが
中国で儒家と対をなすといってもいい道家の
「荘子」の言葉を紹介しようと思います。
「人に八疵あり、事に四患あり」(『マンガ老荘の思想』より抜粋)
(一) 「その事をあらざるにこれを事とす、これを総という」:
自分のしなくていいことまでしてしまうこと。
補足:この総という文字はよく意味が分からなかったの
ですがどこかのブログで別の文章で書かれていた
ような気がします。
確か自分自身の力ではなく他人がやった事を
さも自分が行ったかのように吹聴するとか
そんな意味だったと思います。
気になる人は調べてみてはどうでしょうか?
(二) 「顧(かえり)みらるることをなきにこれを進む
これを佞(ねい)という」:
相手の聞きたくもない話をいつまでも、くどくど話すこと。
(三) 「意を希(ねが)い言を道(みちび)く
これを諂(てん)という」:
相手の顔色をうかがって相手の喜ぶ話をすること。
(四) 「是非を択ばずして言う、これを諛(ゆ)という」:
良い悪いのおかまいなしに、その場限りの話をすること。
ちょっと長いので次回に続きます。
以上スタッフ阪野でした!!
ついこの間まで暑かったと思ったら
もうすっかりと冬ですね。
さて今回のお言葉シリーズですが
中国で儒家と対をなすといってもいい道家の
「荘子」の言葉を紹介しようと思います。
「人に八疵あり、事に四患あり」(『マンガ老荘の思想』より抜粋)
(一) 「その事をあらざるにこれを事とす、これを総という」:
自分のしなくていいことまでしてしまうこと。
補足:この総という文字はよく意味が分からなかったの
ですがどこかのブログで別の文章で書かれていた
ような気がします。
確か自分自身の力ではなく他人がやった事を
さも自分が行ったかのように吹聴するとか
そんな意味だったと思います。
気になる人は調べてみてはどうでしょうか?
(二) 「顧(かえり)みらるることをなきにこれを進む
これを佞(ねい)という」:
相手の聞きたくもない話をいつまでも、くどくど話すこと。
(三) 「意を希(ねが)い言を道(みちび)く
これを諂(てん)という」:
相手の顔色をうかがって相手の喜ぶ話をすること。
(四) 「是非を択ばずして言う、これを諛(ゆ)という」:
良い悪いのおかまいなしに、その場限りの話をすること。
ちょっと長いので次回に続きます。
以上スタッフ阪野でした!!
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2013年11月21日 木曜日
お言葉(番外編) 〔名古屋市千種区本山 マッサージ 腰痛 むくみ〕
最近は寒くなってきましたね~。
我が家ではコタツがすでにフル活用され
日本人でよかったと実感しています。
さて今回はお言葉シリーズの番外編として
前回書いた五常の徳についての注意点みたいものを
伊達政宗が書いていたのでそれを紹介します。
仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。
『伊達政宗五常訓』 伊達政宗
まさに 「過ぎたるは及ばざるがごとし」 ということ
なのでしょうかね。
皆さんはどう思いましたか?
以上スタッフ阪野でした!!
我が家ではコタツがすでにフル活用され
日本人でよかったと実感しています。
さて今回はお言葉シリーズの番外編として
前回書いた五常の徳についての注意点みたいものを
伊達政宗が書いていたのでそれを紹介します。
仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。
『伊達政宗五常訓』 伊達政宗
まさに 「過ぎたるは及ばざるがごとし」 ということ
なのでしょうかね。
皆さんはどう思いましたか?
以上スタッフ阪野でした!!
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